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洋財神「原正市」氏(1)
洋財神「原正市」氏(1)
中国で初めて「中国国際科学技術協力賞」を受賞した日本人は、岩見沢出身の故 原正市(1917-2002・享年85歳)という人物です。原氏は北海道庁、北農中央会を退職後、64歳から稲作の「畑苗移植栽培法」を中国に初めて伝え、米の収穫の向上に大きな貢献をしたとして、中国で有名な日本人のひとりです。
1998年に中国国家主席 江沢民氏が北海道に来た際に、原氏は札幌パークホテルで面談し、その印象を「江主席は農業を重視しています。だからこそ北海道に来たのです。日本は自給率を高めることを中国に学ぶべきです」と語りました。
原正市氏が最初に稲作指導をした場所は、黒龍江省ハルピン市から北に250キロの海倫県東太村という朝鮮族が多く住む村でした。偶然にも、北海道チャイナワークの代表取締役・張相律はこの村で生まれました。「小学生の頃、校長先生をしていた父のもとに来た原正市氏から色鉛筆をもらったことを鮮明に覚えています。」
1982年から、この黒竜江省で指導した例では、水田面積が20万ヘクタールから7倍の140万ヘクタールに増え、面積当たり収量が2倍、総生産量は14倍になりました。北は黒龍江省、南は海南島まで中国全土を周り、原氏の指導によって、米が200万トン以上増産されたといわれているそうです。
この実績と、自ら裸足で水田に入り指導する姿から、中国の人々の間から「洋財神(ヤンザイシェン・外国から来て懐を豊かにしてくれた神様)」と呼ばれ、慕われました。
日中国交正常化35周年という節目に合わせて、北海道と黒龍江省の友好関係に再びスポットを当てるプロジェクトが現在動いています。
2008年9月29日 矢野友宏
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