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中国の携帯電話事情

samsung_handphone.jpg ▲中国移動通信のSAMSUNG製 北京五輪モデル8.5mm 超薄型携帯電話
 
 日本の携帯電話はDOCOMO、au、ソフトバンクの3社ですが、中国の携帯電話は、「中国移動(China Mobile)」と「中国聯通(China Unicom)」の2社がサービスを提供しています。
 
 「中国移動(China Mobile)」の加入者数はなんと4億人!と言われています。この「中国移動」の純利益は「中国聯通(China Unicom)」の10倍強もあるそうで、日本の状況とはかなり違いがあるようです。ちなみに「中国電信(China Telecom)」という会社の固定電話の加入者が2億人で減少傾向にあるということで、「中国移動」の強さがわかると思います。
 
 政府の権限が強い中国では、今年から来年にかけて、業態別の企業の区分けから、国際的にも競争力の高い事業者へ転換させようと、通信業界を「固定・移動・ブロードバンド」のマルチな業態に再編されるそうです。
 
 現在は、固定電話とブロードバンドが
 「【1】中国電信(China Telecom)」と「【2】中国網通(China Netcom)」、
 携帯電話が「【3】中国移動(China Mobile)」と「【4】中国聯通(China Unicom)」、
 鉄道沿線の固定電話とブロードバンドが「【5】中国鉄通(China Railcom)」、
 衛星電話が「【6】中国衛通(China Satcom)」という6社がありますが、

 再編されると、
 「【1】新・中国電信(China Telecom)」、
 「【2】新・中国移動(China Mobile)」、
 「【3】新・中国聯通(China Unicom)」の3社になります。
 
 中国の携帯電話の業界は、再編続きで特に海外からはわかりにくいものですが、最も大きな会社は「中国移動(China Mobile)」という会社であるということは、はっきりしているようです。
 


2008年7月10日 矢野友宏 |

「四川大地震 報告会」が開催されます

sichuan_dizhen.jpg▲四川省大地震で崩れた洛水鎮の民家(撮影:張昶)
 
 四川省大地震の被災地をNGOとして神戸から訪れた東条雅之さん(神戸高度災害援助市民センター)の報告会が、7月16日(水曜日)の午後6時半から開かれます。
 
 1995年の神戸淡路大震災は記憶に新しいですが、「高度災害救援市民センター」は、その被害分析と復興の経験を、その後の災害に生かすために、民間レベルで活動している団体です。
 
 この報告会はつい最近、四川省被災現地での活動から戻られた方の、写真、お話などをじかに聞くチャンスです。加えて荒木田真穂さん(art-office SOMEIRO)中国の伝統楽器「二胡」を演奏会も同時に開催されます。入場は無料ですので、もしお時間がありましたら、北海道大学「クラーク会館」に足をお運びください。
 
*********************記**********************

名称  四川大地震 報告会
主宰  四川大地震報告会実行委員会
協力  art-Office  SOMEIRO

日時:
2008年7月16日 水曜日 午後6時30分開場 6時45分開始
 
ところ:
「北海道大学 クラーク会館」 (札幌市北区北8条西7丁目)
 
内容:
「神戸から四川大地震救援に赴いたボランティアからの報告会」+「二胡ミニライヴ」
 
メイン報告   東条雅之さん (神戸高度災害援助市民センター)
サポート    竹田野土香さん(同上所属 現北大農学部在学中)
        荒木田真穂 (二胡演奏)
 
問い合わせ:080-3809-6791 (東条さん)
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2008年7月 8日 矢野友宏 |

張昶さんの四川省報告(2)

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 語学教室の張昶(ジャン・チャン)先生の故郷四川省被災地の様子を、写真で少しご報告します。什邡市洛水鎮の様子は、前回の記事でご紹介したとおり瓦礫の山と化していますが、そこで目にしたものは、住民たちがこの状況から立て直していこうとする生活力でした。上の写真は、倒壊した幼稚園から助け出された女の子です。
 
sichuan06.JPG ここ洛水鎮の叔父と叔母の家はすっかり崩れて、この写真のようになりました。幸い叔父と叔母の命は無事でしたので、またここから再出発することになりました。政府の救援物資は毎日1人あたり500グラムの穀物と、10元(150円)の現金が支給されます。 
 
sichuan05.JPG 洛水鎮に住む義姉は、地震が発生した時、宏達集団化学工場で働いていました。3階の実験室にいるときに何度も激しくゆられ、階段も崩れ落ちていました。揺れが収まった瞬間に地面に飛び降り、埃が舞う中、山に向かって逃げました。建物が崩れる轟音を聞こえ、間一髪で命拾いしました。
 
 写真はその化学工場の独身寮です。この建物だけでも10数名が亡くなりました。
 
sichuan07.JPG 今回、北海道から持ってきた荷物に、テントや寝袋のほかにも北大留学生学友会から贈られたキャンディーもありました。両親を亡くして孤児になったり、足を切断した子供など、胸が痛む話をたくさん聞きましたが、小児科にこのキャンディーを渡すために入れてもらいました。
 
 子供たちは北海道がどこだか知りませんが、日本のアニメは知っていて、少しずつうちとけて、仲良くなりました。
 
 約2週間の四川省滞在でしたが、「活着<Live>是幸福、愛着<Love>是幸福、笑着<Lough>是幸福、(生きていること、愛していること、笑っていられることの幸せ)」をあらためて認識しましたという報告でした。
 
 今回、四川省大地震に際し、たくさんの義捐金、テント、寝袋をご寄付いただいた皆様に、深く感謝いたします。
 
 

2008年6月30日 矢野友宏 |

張昶さんの四川省報告(1)

 語学教室の張昶(ジャン・チャン)先生が、5月下旬から6月にかけて、札幌周辺の皆様からご寄付いただいたテントと寝袋を携えて故郷四川省に戻り、その被災地の様子を撮影してきました。
 
sichuan01.JPG▲洛水のかつての繁華街はこのような状態
 
 親類が住む什邡市洛水鎮へは、中国に着いた翌日の5月25日に入りました。子供の頃に記憶のある美しい街は、瓦礫の山と化していました。
 
 人口4万人のうち、3千人の死亡が確認された洛水にはどこにも建物が残っていません。
 
sichuan04.JPG 今回の震災では、学校の校舎も多くの被害を受けました。写真の小学校はもともと4階建ての建物でしたが、2階から上は影も形もありません。
 
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 洛水鎮の中学校を訪れたことが、今回の帰省で最も心を痛めました。生徒、先生合わせて500名が死傷しました。教学楼が全壊し、瓦礫の山が地震の凄まじさを物語っています。

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 右から2人目の赤い服を着た男の子は地震が来たときに3階から飛び降りて命拾いし、左の黄色い服を着た男の子は8時間後に助け出されました。どうしても涙が止まらなくなっていたところに、この男の子たちに逆に「もう泣かないで」と励まされ、そのたくましさに胸が締め付けられました。

 
 この街で台湾から来たお医者さんに札幌から持ってきたテントと寝袋を託しました。
 
 

2008年6月27日 矢野友宏 |

北京地下鉄空港線、まもなく開通

Beijing500.jpg 北京オリンピックを前に北京首都国際空港の第3ターミナルが3月にオープンするなど、準備が着々と進んでいますが、これまで高速道路頼りだった空港へのアクセスに地下鉄が加わります。
 
 上の地図の右上に伸びる茶色の破線が、2008年7月上旬開通予定の地下鉄空港線です。
 
 現在ある地下鉄は、真ん中を左右に突き抜ける赤い「1号線」と「八通線」、中心部を環状する青色の「2号線」、真ん中を上下に縦貫する「5号線」、地図の上の方でUの字を逆さまにした黄色の「13号線」、そして先週6月20日(金曜日)に開通したばかりの緑色の「8号線(オリンピック支線)」、7月上旬に開通予定のピンク色の「10号線」があります。
 
 北京空港からまもなく開通する予定の「空港線」は、5分間隔で最高時速100km/h。地下鉄2号線の東直門から10号線乗り換えの三元橋を経て、北京空港の第2ターミナルまたは、第3ターミナルまでを16分で結びます。気になる運賃は、20元になる見込みで、これまで渋滞に悩まされていた空港までのアクセスは格段に便利になります。
 
 最近北京に行った方は、目にされていると思いますが、高速道路に沿って8キロほど地上を走るこの電車は、フランスのアルストム社と共同で開発するもので、全区間にわたって運転手のいない自動運転になるそうです。
 
 今後、2012年までにさらにどんどん地下鉄が延びていくそうで、こちらの(表示)リンクから、全体の開通計画を見ていただくと、オリンピックが終わってからも、さらに街中地下鉄工事だらけになることがわかると思います。
 
【関連記事】
続々開通する上海地下鉄
 


2008年6月23日 矢野友宏 |

日本の燃料電池バスと中国の燃料電池バス

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 あと3週間足らずで「G8北海道洞爺湖サミット」が開かれます。今日は、北海道チャイナワークの隣にある北海道大学で、燃料電池バスに試乗してきました。
 
 「燃料電池」とは何かというと、水素(H)と酸素(O)が合わさって、水(H2O)ができる時に同時に発生する電気をエネルギーにするもので、まったく二酸化炭素(CO2)を発生させない究極の環境技術と言われるものです。
 
nenryo_bus3.jpg 2005年の「愛知万博」で使われた燃料電池バスが、北海道洞爺湖サミットでデモンストレーションをするためにと、はるばる船に乗って北海道にやってきました。
 
nenryo_bus2.jpg 屋根上に7本の高圧水素タンクを積んで、後ろの給気口から空気を取り込み、水素と酸素を結合させます。そこで発生する水は、ぽたぽたと地面に跡を残します。技術的な課題は寒冷地の冬には水が凍ってしまうことだったそうですが、北海道で今冬試験をして、その問題も概ねクリアしたとのことでした。
 
 ただし、これから市販するとすれば、1台あたり相当高いものになってしまうのと、水素ステーションをあちこちに作らなくてはいけないので、日本で普及させるには、「いろいろな社会的な課題がまだまだたくさん残っている」とトヨタの関係者は話していました。
 
 写真のバスはトヨタの「自家用車」。白ナンバーなので、営業運転はできません。8台があるそうですが、開発費を考えると1台あたり数十億円もする「超高級車」。日野自動車の「ブルーリボンシティ」をベースに作られたもので、エンジンをかけても、走り出してもほとんど振動がありません。
 
nenryo_bus4.jpg 北大構内を10分程度のドライブしましたが、自転車置き場でUターンしようとしても、ほとんど周りの人が気付かないほど静かな走りっぷりでした。
 
 中国も「2008北京オリンピック」を前に環境技術をアピールしたいところですが、すでに燃料電池バスが北京や上海を走り始めています。
 
shenli1hao.jpg 上海神力科技有限公司という会社があります。ここは1998年にできた燃料電池専門の会社ですが、「神力1号(写真)」というバスの車両と燃料電池システムの両方の設計を自社で行い、生産コストを1/3に下げ、商品化されて、販売されています。1台の価格は300万元(約4,500万円)で、普通のバスの5倍の価格。ただし、課題は燃料電池の寿命が、10万キロメートル程度と、まだまだ改良の余地はいろいろありそうです。
 
 オリンピックの選手村では5台の「神力1号」が活躍するそうですが、上海でも10台程度が路線バスとして、実証運転に供されます。
 
 このほかに、申沃(=上海ボルボ)客車有限公司が、軽油の代わりにジメチルエーテル(DME)を使うバスの生産も進めており、2010年の上海万博会では、会場シャトルバスと周辺の公共交通バスがほとんど新エネルギーバスになるとのことです。
 
 「G8北海道洞爺湖サミット」と「2008北京オリンピック」の2つの世界的な大イベントを通して、環境技術のアピール合戦も盛り上がりを見せてきました。
 
 

2008年6月20日 矢野友宏 |

中国のスーパー「カルフール」

carrefour.jpg
 中国の北京、上海、天津、大連、青島、広州などに進出しているスーパーで「家楽福(カルフール)」というチェーンを旅行で見かけた方も多いと思います。中国語で「ジャールーフー」と読み、フランスの企業です。
 
 カルフール(Carrefour)には交差点の意味があり、世界で初めてスーパーマーケットと百貨店を融合したハイパーマーケットの概念を導入した企業だそうです。
 
 「カルフール」は、日本ではあまりなじみのない名前ですが、2000年に千葉県に国内1号店としてカルフール幕張をオープンさせたことがあります。その後、日本で8店舗まで展開しましたが、北海道に展開することなく、経営権をイオン株式会社に譲渡し、イオンマルシェ株式会社に改称され、進出から4年で日本から撤退しました。
 
 中国のカルフールは、フランスの店舗と同様に、オートウォークと呼ばれる階段式でないスロープ方式のエスカレーターがあることが特徴で、大きなカートでたくさんの買い物をして、レジで一括会計します。毎日、夕方5時過ぎのレジは仕事帰りの買い物客でごった返します。
 
carrefour2.jpg 中国の消費生活もこの10年間ですっかり様変わりし、日本を撤退して中国事業を拡張した成果が現れてきたようです。
 
 最近では、オリンピックの聖火の騒動がフランスで起こったことを皮切りに、中国で「カルフール不買運動」が起こりましたが、四川大地震への義援金を大奮発したことから、「カルフール応援応援運動」に変化しているそうです。
 
 日本企業に限らず、中国でのビジネス展開は非常に微妙な情勢を踏まえたものでなければ難しいものだと思いました。
 
 

2008年6月 9日 矢野友宏 |

端午節セール実施中!

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 以前、「中国の祝日の由来」として、このブログでもご紹介しましたが、6月8日が農暦5月5日は端午節です。中国では、今年から新しく制定された休日として、6月7日から9日までが3連休になりました。(6月9日は8日が日曜日のための振替休日)
 
 中国では、日本と違って「児童節(こどもの日)」は毎年6月1日になっています。この日は学校が休みになり、プレゼントをもらえる、子どもたちにとって楽しい1日です。
 
 日本ではもともと、こどもの日が旧暦の5月5日頃で、この頃に「柏の葉」が大きくなることから「柏餅」を食べる習慣につながったと聞いたことがあります。
 
 中国では、川に身投げした楚国の有名な詩人「屈原」の死体を、魚や妖怪から守る為に棕の葉で作った棕子(ちまき)を川に投げ入れたことに由来するそうですが、「ちまき」を食べる習慣があります。
 
 北海道チャイナワーク「中国堂」では、日本産の棕子(ちまき)をメインに端午節セールを始めました。「棗(なつめ)ちまき」と「小豆ちまき」を500円(3個入)で、期間中発売しています。
 
 この他、知音電話カード(通常1,000円⇒800円)、えび餃子(通常720円⇒620円)、八宝粥(通常190円⇒160円)、酸菜(通常330円⇒200円)、干豆腐(通常590円⇒490円)という特別価格を実施中です。
 
 セール期間:6月1日~6月10日まで(今年端午節は6月8日です)
 


2008年6月 3日 矢野友宏 |

テントを送るプロジェクト

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 北海道チャイナワーク語学教室・張昶(ジャン・チャン)先生の新聞記事が大きな反響を呼んだテントと寝袋の四川省寄付の件ですが、その輸送についての報告です。
 
 結局、張昶さんが自力で持って行くことができたのは、テント20張と寝袋10個。これでも持ち込み手荷物の重量が250キロになりました。しかし、寄せられたテントは300張、寝袋は500個。問題はその輸送方法です。
 
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 中国国際航空から輸送費を免除してもらえるとはいえ、送り主と受け主はしっかりとした公的組織や団体でなければならないという条件が付きます。そこで、北海道新華僑華人連合会に送り主として国内の輸送費を負担していただき、駐札幌中国総領事館を通して四川省民政局へ送るという一大プロジェクトに変わりました。
 
 今日は中国人留学生学友会の有志が梱包荷造り作業を手伝いにきてくれました。大和梱包(株)という荷造りのプロを筆頭にどんどん寝袋を箱詰めし、テントを布団袋にくるんで、上の写真はその作業終了後の姿です。
 
 明日は日通の4トントラックをチャーターし千歳に運び、次の北京行きの飛行機に積み込むという算段です。
 
 先日は、駐札幌中国総領事の胡勝才氏が視察に訪れ、「これだけの支援の和が北海道で広がったことに、大変感激しています」というコメントを残していきました。ご好意を寄せていただいた皆様に、あらためて感謝いたします。
 
DSCF5915.jpg
 
 

2008年5月27日 矢野友宏 |

張昶さん寄付のテント携え被災地へ出発

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 四川省大地震被災地へのテントと寝袋寄付の呼びかけに対し、多くの反響をいただき、昨日24日、張昶さんがこれらの一部を携行して現地へ出発しました。
 
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【北海道新聞・5月25日朝刊・札幌圏版より】
「札幌の皆さんに感謝」
中国人留学生・張昶さん被災地へ 寄付のテント携え出発

 中国四川省大地震の被災地に向け、札幌市民にテントの寄付を呼びかけた四川省出身の北大大学院留学生・張昶さん(30)が24日午後、テントと寝袋を携え、新千歳空港から成都へ出発した。張さんは「札幌の皆さんのご協力に感動しています」と話した。
 
 四川省大地震の被災地では、周辺から避難民が集まる省都の成都など多くの街でテント不足が続き、被災者がパラソルなどで雨をしのいでいる。現地の親類との電話やインターネットで現状を知った張さんがテントの寄付を呼びかけたところ、出発前の3日間で、予想を大きく上回るテント300張、寝袋500個が集まった。
 
 張さんは手荷物で運べるテント20張、寝袋10個、計250キロを携え、北京経由で成都に出発した。残りの物資は、北海道新華僑華人連合会と在札幌中国総領事館、中国国際航空の協力で、航空貨物として成都に送る予定。
 
 張さんは「被災地の人を励ませるよう、笑顔で行きたい」と中国国際航空の北京便に乗り込んだ。(佐藤千歳)
(以上引用)
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 現地の様子については、張昶さんが札幌に戻ってきた後にこのブログでもご紹介したいと思います。
 
 

2008年5月25日 矢野友宏 |

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